エネルギートランジションから島嶼研究を捉え直す
松村悠子氏(大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程 / 環境エネルギー政策研究所研究員*)
インタビューアー 真鍋陸太郎(東京大学)、饗庭伸(首都大学東京)
この原稿はスカイプでインタビューを行った原稿をインタビューイー、インタビューアーが加筆するというやりとりを経て作成しました
*所属などはインタビュー時のものです
ご自身の研究フィールドとキャリアをご紹介ください。
研究のテーマは学部の学生の時から一貫して、エネルギー問題から島嶼を考えるというテーマに取り組んできました。特に、どうやったら再生可能エネルギーの仕組みが離島に導入されていくのか、ということを日本の離島を対象として研究しています。環境社会学の分野では、環境政策の社会的受容の過程を分析する分野が注目を浴びています。技術的な知識も、社会科学的な知識も必要で、文系、理系の枠組みではない分野横断的な知識が求められる研究です。
学部時代から大阪大学人間科学部で勉強してきており、現在は博士課程に在学中です。研究科の他に、リーディング大学院である大阪大学超域イノベーション博士課程プログラムを一期生として履修し、昨年修了しました。大学院では「グローバル人間学専攻」という、大阪大学が大阪外国語大学と統合したときに出来た専攻に所属しており、例えば地域研究や地域開発、国際協力など、様々な分野の先生がいらっしゃるなかで、課題解決型の環境問題研究、環境問題を地域の視座からとらえなおすような研究を行ってきました。
卒業論文では「離島における新エネルギー普及の可能性について」という論文に取り組んだのですが、このテーマは、学部に入学した時から決めていたテーマです。私は長崎県の対馬という離島の出身で、高校生の時に、地元が放射性廃棄物の処理施設を建設するかどうかという大きな議論に巻き込まれました。ご存知の通り長崎県は被曝県ですから、原子力関連の施設について地域は一致して反対すると思っていたのですが、そこで住民の意見が割れるのを目の当たりにしました。ある人は反対、ある人は島の財政を考えると賛成、といった具合に意見が割れました。対馬は本土と送電線がつながっていないので原子力発電所のエネルギーは使っておらず、なぜ、処理施設を押し付けられるのかという疑問をその時感じました。一方で、現在のエネルギー源の代替となるオルタナティブなエネルギーとは何か、という関心を持つことになりました。こうした問題関心を深めるのに、心理学的なアプローチや、行動学的なアプローチがあることも大学で勉強しましたが、結果的に地域に入っていくというアプローチ・方法をとりました。
卒業論文では風力発電を対象として、地域の導入に失敗した事例を研究しました。研究手法は発電の単価を計算するような手法をとっており、地域社会の課題そのものに直接的にフォーカスをあてていたわけではありません。一方で、修士論文では、再生可能エネルギーの導入を地域の方々がどう思っているか地域の産業を担っている方にインタビューを重ねて、再生可能エネルギーを地域の価値観を重視して導入する方法について考察しました。
あわせて、リーディング大学院では、オールラウンド型プログラムに所属し、豊富な海外研修、異なる研究科の講義、PBL(Problem based learning)や課題解決ラーニングについて5年間学習し、ファシリテーション能力や課題解決のためのデザインシンキング思考を身につけました。また、プログラムの支援をいただいて、博士課程の1年目にドイツのNGOで研究インターンシップを行いました。
現在は博士論文を執筆中なのですが、学生としてだけでなく東京に本拠がある認定NPO法人「環境エネルギー政策研究所」の研究員として働いたり、地元である対馬の島おこし団体(特定非営利活動法人對馬次世代協議会)の理事などをやったりしています。環境エネルギー政策研究所では「100パーセント自然エネルギープラットフォーム」の情報分析やキャンペーンを担当しています。100%自然エネルギープラットフォーム(研究所では再生可能エネルギーではなく自然エネルギーという言葉を使っています)とは、100%自然エネルギー政策を全世界で広めていこうというキャンペーンの組織で、国内外のNGO間で共有しているものです。昨年3月に、国際的なプラットフォームに加え、日本の100%自然エネルギープラットフォームも立ち上がりました。これから日本でのプラットフォームの活動にも力を注いでいきたいと思っています。なお、地元の対馬では、未利用資源や木質チップを活かしたバイオマスボイラーの導入可能性について共同研究を行っています。
生活学プロジェクトや論文(生活学論叢 Vo.29)で扱っている一連の研究は、どのような研究ですか?
どうやって離島のエネルギーを再生可能エネルギーに転換をしていくのか、エネルギートランジション、ということが大きな研究テーマです。ドイツでは、エネルギーヴェンデとして注目を集めている研究分野です。その転換を細かく見ると、地域の方が再生可能エネルギープロジェクトを受容する段階や、そのマネジメントを組み立てる段階など、様々な段階があります。論文では、八丈島における地熱エネルギー導入の現場をフィールドとして、そこにどのようにして住民の反対が生まれたのかなどを分析しています。そこには多くの専門家が関わっていて、私は専門的なアドバイザーという立ち位置ではなかったのですが、プロジェクトの外部から地域の課題をまとめなおすような立ち位置で研究を進めました。地熱が入っている島は国際的にも珍しく、今回論文でとりあげた八丈島のプロジェクトは、複雑ではありますが、先進的で貴重な事例です。東京都主導のプロジェクトが地域に入って、地域の意見を取り入れながら進める過程を近くで見ることができたことがよかったです。八丈島のフィールドに入る前は歴史的な経緯を分析することはできていなかったのですが、論文執筆にあたっては新聞記事を集めて分析を行うなど、地域に寄り添った深い研究ができました。その反面、環境社会学の分野でいうところの「社会的受容」という視点からの理論的分析が甘く、その点はもっと発展させたいと考えています。また、行動学的なアプローチの人と共同研究が組めると異なった成果が提示できると考えています。
生活学プロジェクトで採択された「新エネルギー開発の当事者性と制度的な課題解決に関する日中比較研究」では、八丈島と中国の事例について、比較研究を行いました。環境エネルギー政策研究所の仕事を通じて、ヨーロッパの事例は多く知る機会がありましたが、東アジアの事例が不足していると感じていました。特に中国については情報が少なかったのですが、所属する三好研究室が中国研究をやっているという強みをいかして、中国をフィールドにした研究に取り組みました。我々の研究室では、再生可能エネルギーだけでなくPM 2.5などの環境問題も広く包括的に捉えているので、地域の視点から中国のエネルギー開発を見てみようと考えました。調査の結果として、中国政府の強力なイニシアチブのもと、再生可能エネルギー開発が急速に進展していることがわかりました。例えば、中国では政府や大学のイニシアチブが強く、浙江大学が洛山島という島を買い取って、100パーセント自然エネルギーの島をつくる取り組みを行っています。また、上海の南にある舟山群島は中国で2番目に多く風力発電が入っているところです。こういった先進的な取り組みを見て、事業者や住民にインタビューをして、再生可能エネルギーへの転換がどのように行われているのか、運用の実態、事業者の地域社会への配慮行動、地域住民のプロジェクトへの捉え方を明らかにしました。国際比較研究は初めてで、この成果は学術雑誌に投稿したいと考えていますし、博士論文にも入れたいと考えています。
国際的に見ると、ヨーロッパでとられているトランジション・イニシアチブと、日本、韓国、中国のトランジション・イニシアチブの方法は異なります。日本の島嶼の場合は「100%自然エネルギーの島をつくりましょう」というコンセプトから地域に入ることはほとんどなく、技術的な取り組みを達成・導入しましょう、という伝え方・アプローチをします。八丈島でも、当初、東京都はトップダウン的に技術を導入するアプローチをとっており、「100%自然エネルギーの島をつくりましょう」という目標を掲げているわけでもありません。ヨーロッパでは「地域社会を変えましょう」といった文脈で伝えていきます。中国の事例は、国や大学が主導しており、地域の居住区を壊して住民に別のところに移ってもらい、太陽光発電の装置を入れた取り組みもあります。東アジアの事例として、大胆な取り組みを直接調査できて、非常に興味深かったです。ドイツでの研究インターンシップを行った際、ヨーロッパなどの手法をそのまま日本には持ってこられないだろうと考えていました。制度も含めた中国の取り組みを日本や韓国の事例(済州島などが有名ですが)と比べることによって、日本のエネルギートランジションのあり方についてより深い考察ができるのではないか、と考えています。
ヨーロッパに比べて日本が遅れているというわけではありません。日本では地域社会のエネルギーシステムを包括的に変えられているわけではないのですが、省エネルギーや自動車の燃費といった単独の技術を導入する手法は海外からも高く評価されています。日本の方法が国際的に貢献できることは多いのではないかと思います。
個人的には、100%自然エネルギーへ向かうイニシアチブにはいろいろなアプローチがあってもいいと思っています。八丈島では反対意見(社会的受容で評される拒否姿勢)がみられましたが、そこでは地域とエネルギーの事業者との間で地域の価値観を共有することが不足していたのではないかと思います。取り組みを持続可能にしていくためには、最初の段階で地域にアプローチして、コミュニケーションを組み立てていくことが必要だったのではないかと考えています。これまでは、日本ではトップダウン的なアプローチの多かった100%自然エネルギーイニシアチブですが、これからは地域社会との関係を重視しないと事業の持続可能性が確保できないと思っています。特に、離島地域の再生可能エネルギー導入に関する社会的文脈はそれぞれ全く異なるので、その地域社会に入り、文脈にあったアプローチを模索することには労力がかかります。しかし、時間と労力をかけながらやっていく必要があると思います。
生活学とはどのような関係になりますか?
離島地域は民俗学分野での先行研究が多いのですが、私は再生可能エネルギーという視点から地域を捉え直しています。人の生活を大事にするというアプローチを持っており、生活学の視座を共有していると思っています。生活学の対象は、これまでは住居や食品が多かったと思いますが、今となってはエネルギーも重要な生活のインフラと考えられるので、生活学の新しい分野として重要なテーマだと思っています。環境科学や工学の視点ではなく、人がエネルギーをどう使っていくのかを見ることが重要と考えています。
生活学会には離島を研究テーマとしている人も多く、私は修士課程からこの学会で発表しており、これまでも地域への入り方などについて、地域社会学の分野の先生方からのアドバイスをいただいたこともあり、ありがたく思っています。また、リーディング大学院で勉強したことを生かして、地域のミーティングのファシリテーターなどもやっています。生活学会にはワークショップやまちづくりの先生もいらっしゃるので、研究発表を楽しみにしています。
これからのご予定は?
博士号を取得してアカデミックなキャリアをつみたいと考えています。しかし、私にとっては離島のエネルギートランジションをどううまくできるかが大きなテーマなので、例えば地域を主体としたエネルギー会社を設立するような動きにもつなげていきたいです。研究も実践も合わせて進めていきたいです。日本全体を離島と見立てると、同じ問題が全国的に起きているのではないかと思います。私がこれまでやってきたことが応用できるのではないかと考えています。
生活学会の皆さんに広くアピールしたいことはございますか?
離島の色々なフィールドに知り合いがいるので、他の学会員の方と町おこしやワークショップが一緒にできれば面白いです。研究や実践活動を通して、特に対馬においては、人的ネットワークは充実しています。何かフィールドがほしいという方には、ぜひ対馬を紹介したいです。また、一般的には技術的な捉え方がされがちなエネルギー研究ですが、エネルギーは実は生活の色々なところに関わっていますので、交通や住居の専門家の方と、生活学会の会員の方と生活学の視点からエネルギーを捉え直すような研究機会があれば是非取り組みたい、とも考えています。
ありがとうございました。
(インタビュー実施日 2017年10月4日)
インタビューを終えて(インタビュアーの一言)
生活とエネルギーは切っても切り離せないものになっており、
エネルギーは現在の生活に必須のものであるにもかかわらず、これまでは遠くのどこかで作られて、何事もなく送られてくる印象でした。自然エネルギーは生活ととても近いところで作られるものとなりますし、少なくとも暮らしている土地のめぐみであるということは間違いありません。生活者とエネルギーとの近接可能性を考えないといけないということに気づかされたとともに、都市計画・まちづくり分野と共通の課題や技術があるようにも思いました。(真鍋)
「日本生活学会の100人」は、日本生活学会の論文発表者、学会賞受賞者、生活学プロジェクトの採択者から、若手会員を中心に学会員の興味深い活動や思考を掘り起こし、インタビュー形式の記事としたものです。