生活環境にコモンズ的空間を生み出す活動
江口亜維子氏(千葉大学大学院園芸学研究科 博士後期課程*)

インタビューアー 饗庭伸(首都大学東京)、真鍋陸太郎(東京大学)
この原稿はネット・インタビューを行った原稿をインタビューイー、インタビューアーが加筆するというやりとりを経て作成しました
*所属などはインタビュー時のものです

自身の研究フィールドとキャリアをご紹介ください。

現在の研究分野は地域計画学です。千葉大学大学院園芸学研究科で、木下勇教授の地域計画学研究室に所属しています。園芸学研究科ということもあり、造園学ならではのハワードのガーデン・シティ思想を背景とした都市計画思想が根底にあります。その中で、人間の生活を基盤とした空間の計画を組み立てるという教えのもと、私は、場づくりやコモンスペースの研究を進めています。

江口亜維子氏

江口亜維子氏

武蔵野美術大学の造形学部建築学科を卒業しました。大学では、彫刻家の土屋公雄先生の元でアートと環境の関係性や社会の中でのアートの役割などを学んだり、建築家の坂東通世先生が行なっていた新潟県小千谷市での地域計画のプロジェクトに参加したりしていました。また、新潟県の妻有郷で3年に一度開催されるトリエンナーレ「大地の芸術祭」へボランティアスタッフであるこへび隊として参加し、倉俣という地域でフィンランドの建築家・カサグランデ&リンターラの製作のサポートや地域の方との調整役などを行なっていました。振り返ってみると妻有や小千谷でのプロジェクトで地域の中に入り得られた経験が、現在の実践や研究の基盤となっていると感じています。
大学時代の環境からアーティストになりたいとも思っていたこともありましたが、大学卒業後は、地元の石川県の設計事務所に就職しました。その後、東京に戻り、学生の頃に手伝っていたプロジェクトの縁で坂東先生の建築事務所で、引き続き、小千谷市での地域計画や建築企画設計の仕事をしました。その中で、チュヴァシ共和国(ロシア連邦地域管轄区分のひとつ沿ヴォルガ連邦管区に属する共和国)の首都チェボクサルで450haを対象とした新都市計画に関わることになりました。チュヴァシを訪問した際に、豊かな緑に囲まれた集合住宅や森が近くにあり、チュヴァシの人たちが4〜5時には仕事を切り上げて森の中でバーベキューを楽しんだり、ダーチャ(ロシア版クラインガルテン)で園芸的な生活を楽しんでいるのを見て、幸せな暮らしだなあと感じ、都市計画はこのような暮らしを提供できるのだろうかと考えるようになりました。
一方で、地元から東京に戻ってからは、東京都杉並区あった日本住宅公団設立初期に建設されたコモンスペースが意図的に計画された阿佐ヶ谷住宅という団地に住んでいました。ちょうど再開発計画が決定し、最初は工事が始まるまでの半年という契約で、それでもここに住んでみたいという好奇心で住み始めましたが、再開発の開始が延び、結局6年間、住むことができました。
最初は阿佐ヶ谷住宅は土地に余裕(開発余地)があるので、再開発も仕方ないだろうと思い暮らしていましたが、住民だけではなくて、周りに住んでいる方々が阿佐ヶ谷住宅という場所に愛着を持っていること、阿佐ヶ谷住宅内のコモンスペースでいろいろなつながりが生まれていることを6年かけて実感することになりました。2011年の震災の際には、私はたまたま体調を崩し休職時期で、日中1人で家にいて心細かったのですが、その時にそれまでコモンスペースで顔見知りになっていた方々に声をかけていただいたり、お店で買えなかったものを分けてもらったりと助けてもらうことがありました。当時はそれがとてもありがたく、日常的にゆるやかな近所づきあいを生み出していたコモンスペースの意義を考えるようになりました。
チュヴァシの人の幸せそうな暮らしが脳裏に焼き付いていることも相まって都市計画とは何かということを考えるようになりました。その後、現在の指導教員である木下勇先生のレクチャーを受けたことがきっかけとなって、そのことを研究にしようと考え、大学院に入学して阿佐ヶ谷住宅のコモンスペースの研究をし、修士論文にまとめました。その成果は都市計画学会に発表してあります。その後に博士課程に進学しました。大学院に入る前から始めていたカレーキャラバンが研究へも影響してきて、物理的な空間だけではなくて、活動も一時的にコモン的な空間をつくることができていると感じ、場づくりも含めコモンスペースの研究を進めています。実践のプロジェクトが多く、活動家になりつつあることが悩みで、今はどう博士論文にまとめようか頭を悩ませているところです。

阿佐ヶ谷住宅の様子

阿佐ヶ谷住宅の様子

阿佐ヶ谷住宅

阿佐ヶ谷住宅の様子

今年の生活学会大会のシンポジウムで話題提供いただいたカレーキャラバンの概要についてお話しください。

カレーキャラバン(※)は、全国各地のまちへ出かけ、その場所で調達した食材と、その場所に居合わせた人びとの知恵をまぜあわせ、その日、その場かぎりのカレーをつくり、みんなで食べるプロジェクトです。慶應義塾大学の加藤文俊さんと2012年3月から始めたものです。元々は、研究を目的として始めたプロジェクトではなく、加藤さんたちが東京都墨田区で行なっていたアートプロジェクト「墨東大学」でプログラムの一つを私が考えたことがきっかけではじまりました。

カレーキャラバンの様子

カレーキャラバンの様子

墨東大学は、墨田区の墨東エリアをキャンパスに見立て「まちで学ぶ・まちで遊ぶ」をテーマにしたプロジェクトでした。私は、カレーが大好きで、毎日、3食カレーを食べることもあるほどでした。日々食べるカレーは食材もスタイルも違うので、自分では違うものを食べているつもりでしたが、毎日カレーを食べているというと心配されることもしばしばでした。カレーは、世界中の様々な地域によって変化していった多様な食なので、そのまちで手に入る食材だけでカレーをつくれば、その場所のことを知ることができるのではないかと「墨大カレー考」という講座を提案しました。墨東大学は、キラキラ橘商店街という肉屋や八百屋、豆腐屋などが多く残っている商店街の空き店舗を使っていたので、カレーの食材を集めながら、レシピをつくりながら、このまちのことを学ぶことができるのではと考えました。墨東大学の拠点である空き店舗で、カレーをつくり始めると地元の小学生が入ってきて一緒にカレーをつくり始めたり、人が入ってきてあれこれ口を出してきたり、様々なことが起こりました。空き店舗でシャッターを開けてカレーをつくることで、自然に人が集まって来て、手や口を出していくことがとても面白いと思いました。翌月に「墨大カレー考2」を実践し、他の場所でもやってみたらどうなるんだろうと、さらに翌月には、新潟県の上古町商店街でカレーをつくることになり、カレーキャラバンの旅が始まりました。今年で7年目で、2018年8月に兵庫県西脇市で77回目のカレーキャラバンを実施したところです。

カレーキャラバン

カレーキャラバンの様子

カレーキャラバン以外にもたくさんの活動をされていらっしゃいますよね。

Edible Wayというプロジェクトも進めています。木下先生や所属する研究室の学生たちと始めたもので、千葉県松戸市にある大学のキャンパスとJR松戸駅までの1kmの道沿いにある住宅やお店の前にお揃いのプランターを置かせてもらい、住民の方々と野菜やハーブなど食べられる(=Edible)植物を育てて、地先園芸的にエディブルランドスケープを展開するプロジェクトです。食べられる道(=way)でありエディブルランドスケープを展開する一つの方法(=way)という二つの意味がかかっています。

Edible Way

Edible Wayの様子

このプロジェクトは私がこれまで学んだことや経験した様々なことが反映されています。エディブルランドスケープというのは、木下先生の都市計画学の講義の中で学んだ食べることができる植物で構成された植栽のことです。木下先生が行ってきたエディブルランドスケープの調査では、「エディブルランドスケープは、人々のコミュニケーションを促し強いコミュニティ形成に寄与する」ことがわかっています。しかしながら「公共物の私物化」に当たるという理屈から、日本では公共空間に食べられるものを植えられないという課題もありました。大学のキャンパス近くには松戸市所有の空き地を利用したコミュニティガーデンがあり、住民の方と学生たちが10年にわたり管理をしていますが、設立当初、ジャガイモを植えたらここは市民農園ではないと苦情がきて撤去せざるを得なくなったという苦労話も聞いていました。
カレーキャラバンでの経験から、私有地の際(公私の狭間=家の前やお店の前)は公共に開きやすいということがわかっていました。また阿佐ヶ谷住宅の調査では、植栽計画の田畑貞寿先生からコモンスペースの計画の背景には地先園芸や入会地の仕組みをいかに都市へ緑へ取り込むかということを考えていたという話を聞いたことがあったことがありました。都市の中に新たにコモンスペースのような空間を創出することは難しいですが、家の前やお店の前の公と私の境界に持ち運びができるプランターを置き、地先園芸的に軒先を提供し合えばそこにコミュニケーションが生まれるコモンスペースのような空間ができ、プランターのつながりがエディブルランドスケープになるのではと提案したのがきっかけです。
2016年の9月にプランターを置き始め、この2年間で48軒の住宅・商店・保育園の前に100個近くのプランターを置くことができています。各家庭で植物の管理をして、収穫物も食べてもらいますが、沿道にある空き家で季節ごとに収穫物を持ち寄り、鍋などをする共食活動もしています。

Edible Way

Edible Wayの様子

プロジェクトを研究化する時に悩みはありますか?

カレーキャラバンは最初は研究を目的にしていませんでしたが、最近は研究としてまとめられるのではないかと考えるようになってきています。どのように研究にまとめるのかは悩んでいるのですが、77回分のデータがまとまっているので分類はできつつあり、場所のタイプによって、カレーキャラバンが実施しやすいとか、人がどう集まるか、コミュニケーションがどのようになるかといった分析はできそうです。公私の狭間のような空間で実施すると、やりやすいということもわかり、加藤さんともコモンのエリアを生み出すということに着目していけるのではないかと話しています。

研究をまとめた場合にはどういう学会に出したいですか?

カレーキャラバンについては、2年前に香港で開催されたパシフィックリム・コミュニティデザインネットワーク(環太平洋の国々:台湾、韓国、シンガポール、中国、香港、日本、米国、カナダ、インドネシア、フィリピン、タイなど:の市民参加型のコミュニティデザインの研究者、実践家などによるネットワーク。1998年に、カリフォルニア大学バークレー校で開催された会議のあと、ネットワークが立ち上げられ、以降、二年に一度各国で学会が開催される。)で発表しました。コミュニケーションを生み出す場づくりとしての発表でした。今年もシンガポールで開催されるパシフィックリムでエディブルウェイのことを発表予定です。学問領域は悩ましい問題で、造園系の学会ではなく、建築学会か都市計画学会か生活学会ではないでしょうか。生活学会へは出しやすいと思っています。

なぜ、生活学会が居心地が良いと思うのですか?

まず研究を始めたきっかけの一つに都市計画が人の生活とかけ離れているのではという疑問がありました。大学でやっている他のプロジェクトもそうですが、より生活者の身近にある学問をやって行きたいな思っていて、その点で生活学会は活動の場としてふさわしいと思っています。

これからのご予定について教えて下さい

まずは博士論文を進めることが重要課題となっています(笑)。エディブルウェイ、空き家プロジェクト、カレーキャラバン、と実践がたくさんあって、これをまとめて博士論文を書くことですね。一方で、カレーキャラバンもエディブルウェイも、カンパンプロジェクトも終わりがない、ライフワークになってきています。体が動く限りは続けていきたいと思っています。特にエディブルウェイについては、他の地域でも同じ手法で始めた場所があるので、ネットワーク化して、方法をシェアすることなども進めて行きたいです。森下詩子さんの実践コミュニティのような方法も良いと思っています。その際には、地域によって植物の育つ環境や地域の条件が違うので情報共有を進め、より良い方法を探求することが重要です。

大学卒業時にアーティストになってみたいという悩みがありましたがいまはどうですか?

アーティストにはならないと思います。実践家であり研究者でありたいと思っています。プロジェクトの一つであるシェアハウスへ住み始めたり、実践は十分に展開できているのでそれを研究としてまとめ、自己紹介としては、実践者であり研究者であるということになると思います。

生活学会会員や、広く社会に対してアピールしたいことがあればお願いします。

生活学会の発表会へ一昨年から参加することになって、テーマも自分の生活に引きよせて考えることがあったり、実践をしている方多かったり、いろんな面で勉強になると感じています。生活学プロジェクトに採用されたカンパンキャンペーンもきちんと論文を書きたいと思います。
エディブルウェイでは協力いただいている方にインタビュー調査を進めています。もともと沿道でのエディブルランドスケープにより、日常的なコミュニケーションが増えるだろうと考えていましたが、参加者の方々から、日々の園芸活動やそこで生まれたコミュニケーションにより、発見したことや感じたことなどを聞き取る中で、エディブルランドスケープが多様な意義を持つことがわかってきました。地域の方たちと一緒に研究を進めている実感があります。古在豊樹先生(千葉大元学長)が「地域の課題が複雑になる中で、「農的生活」を取り入れた「人生の質」の向上の提案や、専門家だけではなく市民もともに関わり、発展させる市民科学の重要性」について書かれていて、それを読んだことで、生活者とともに現場で研究を進めていくことが重要ではないかと改めて思うようになってきました。

ありがとうございました。

(インタビュー実施日 2018年10月10日)

インタビューを終えて(インタビュアーの一言)

生活の一部分にエフェクターをかけて増幅しているような江口さんの活動。あくまでも「生活」から離れないところが素晴らしいです。エフェクターのかけかたがなんとも魅力的で、すぐに真似してみたい、と思わせるものばかりでした。江口エフェクターを使って、自分の生活の別のところを増幅したらどうなるんだろう、エフェクターを重ねがけしたらどうなるんだろう、あれこれ妄想が膨らみました。(饗庭)

プロジェクト(実践)を研究にどのように結びつけていくかというのはいつも悩ましいです。研究者なら研究のための実践をするべきだという考えもあるのでしょうが、江口さんはそうは考えていらっしゃらないはず。実践を価値あるものとして地域へ貢献すること、それが研究にもつながっていくのではないでしょうか。(真鍋)

「日本生活学会の100人」は、日本生活学会の論文発表者、学会賞受賞者、生活学プロジェクトの採択者から、若手会員を中心に学会員の興味深い活動や思考を掘り起こし、インタビュー形式の記事としたものです。