住宅・モノの世界を通してみる移住者の生活学
Ksenia Golovina / ゴロウィナ・クセーニヤ 氏(東京大学グローバルコミュニケーション研究センター・特任講師*)
インタビューアー 真鍋陸太郎(東京大学)、饗庭伸(首都大学東京)
この原稿はスカイプでインタビューを行った原稿をインタビューイー、インタビューアーが加筆するというやりとりを経て作成しました
*所属などはインタビュー時のものです
クセーニヤさんの研究フィールドとキャリアをご紹介ください。
中学生の時に所属していた合唱団の公演で、一度だけ日本に来たことがあります。ソ連の崩壊後ではありましたが、今よりも日本とロシアのライフスタイルは異なっていました。まるでディズニーランドに行ったかのような印象をもち、当時はまだ子供だったのですが、興味を持ち、後に留学するきっかけとなりました。
ロシアの大学(サンクトペテルブルク国立大学・東洋学部)では日本学を専攻し、日本語を勉強しました。日本に来て最初は名古屋大学にて日本語・日本文化、特に人形浄瑠璃を学びました。人形浄瑠璃のテーマについては、「乙女文楽座」(大阪) に所属する機会を得て、一生忘れることのない貴重な経験をさせて頂きました。その後、東京大学大学院の文化人類科学の研究室に入り、船曳建夫教授のもとで2012年に博士号を取得しました。現在は東京大学グローバルコミュニケーション研究センターの特任講師としてロシア語を担当しております。日本語と英語に加え、もう1つの言語とその国の知識を身につけよう、というグローバルな視点の強い「トライリンガルプログラム」の学生を対象として講義を行なっています。学生のロシア引率も担当しており、その中で自らの文化人類学者としての経験を生かし、学生には現地にて様々な「気づき」を与えようとしています。
大学院では日本におけるロシア人のコミュニティをテーマに選びました。これまで20世紀の初めのロシア人移民、とりわけ「白系ロシア人」についての研究はありましたが、私が選んだのは現代のロシア人のコミュニティ、特にロシア人女性移住者についての研究です。2008年からフィールド調査をスタートし、博士課程のときには70名程度のインタビューを行い、そのうちの50名ほどを分析の対象として研究論文を書きました。対象の多くは自身と同じロシア人女性です。インタビュー調査を重ねて、分析の理論的な枠組みとしてはMargaret Archerの「ストラクチャー・エージェンシー(構造・行為主体性)」に影響を受けて分析を行いました。具体的には、彼女たちの移住を決めたタイミングから将来像を含む現在に至るまでの人生そのものの作り方のプロセスを考察して、対象者の人生における越境と結婚の位置付け及びその意味を探っています。博士論文は今年、本として出版されました:『日本に暮らすロシア人女性の文化人類学:移住、国際結婚、人生作り(明石書店)』。
研究を始めた当初は、物質文化には特に注目をしていなかったのですが、インタビューで対象者の自宅を訪ねる機会が多くあり、そこに表出している物質文化(建物構造、装飾、インテリア)に興味を惹かれることになりました。そのような写真を撮ったりして調査を重ね、日本生活学会でも発表しました。建築の専門知識がなく苦労をしましたので、建築家の力が借りられればよかったと思っています。
調査対象者の住まいは、東京が多いですが、新潟、富山、名古屋、大阪、京都あたりも調べました。新潟や富山はロシア人が多いところですが、街中で出会うほどではありません。90年代に新潟にロシア村というテーマパークが出来たそうですが、いまは廃墟になっています。新潟のロシア人には当時そこでアルバイトしていた人が多くいます。また、中古車輸出関連のビジネスが盛んでしたが、今は貿易の制度がかわり、規模は小さくなっています。
生活学プロジェクトや研究ノート(生活学論叢 Vo.29)で扱っている一連の研究についてお伺いします。
ロシアをはじめとするロシア語圏からの移住者を中心に構成されるオンラインのコミュニティを対象にして調査を実施しました。日本におけるロシア人のオンラインのコミュニティは2011年にできました。言うまでもなく東日本大震災の影響です。年々成長しており、今は10000人くらいのコミュニティになっていますが、その中から現時点で日本にいる対象者にしぼって、オンライン調査を行いました。調査では、性別、来日時期といった基礎的な情報だけでなく、日本でどのような住まいにいつから住んでいるのか、借りているのか、所有しているのか、日本に来る前にどのような住宅でどのような生活をしていたのかといったデータを集めました。
186人から返事をもらい、データの規模は大きくないのですが、分析を行いました。ロシアではどういう地域でどのような住宅に住んでいたのか、日本の自宅はどこが良いのか、どこが悪いのか、という調査です。例えば日本の住宅は、天井がロシアと比較すると低いのですが、それを身体的にどう感じるのかといったような研究です。多くの回答者は日本の現代の住宅では玄関スペースがほとんどないことを訴えており、それにより外と中といった区切りがうまく作れないそうです。ロシアでは一般的に玄関や廊下のためのスペースがある程度取られており、そこで外で使うものを置いたり、上着をかけたりします。かつての日本にも似たような目的での土間がありました。論文(研究ノート)には、来日前・現在の住宅と日本の住まいに感じる問題点の関係を表にまとめて分析をしたりしました。その中で感じたのは、ロシア人が文句を言っているのも、文句を言いたいから言っているわけではなく、日本での住まいの有り様は身体のありかたと関わっているということです。日本で環境が全く変わってしまったため、最終的に問題なのは物質的な環境よりも、それによる身体的なことへの影響が強くでているということです。
私自身は住む場所がよく変わる留学生だったこともあり、日本の住宅に違和感を感じたことはあまりなかったのですが、日本にルーツを下ろした対象者の家を訪問すると、問題を実感しました。日本ではカビの問題があるので、本来はいけないことなのですが、畳の上にビニールを敷くようなこともあり、そこにいろいろなズレを発見しました。また、暖房装置も面白いです。寒い国の人たちですが、集中暖房のある国の出身者ですので、それがない日本の住まいになかなか激しい寒さを感じ、色々と工夫しています。
このテーマは今でも調査を続けており、3日前にロシア語の雑誌に投稿論文を発表しました。もう少しあとに英語の論文も発表する予定です。そこでは、住宅だけでなく、その中のモノに注目しました。中古やアンティークの珍しいものやDIYを組み合わせて室内をつくっている事例について、レヴィ=ストロースの「ブリコラージュ」の概念を使って分析をしました。また、今年8月はポルトガルで行われたEuropean Association of Japanese Studiesにて同じくロシア語圏移住者の物質文化について発表してきました。
どのような成果が見えてきましたか?
いくつかの方向性が見えています。異なる物質文化をそのまま受け入れることはかなり少なく、多くの人は色々な手段を使って変えようとします。そしてそこに自分のアイデンティティが見えてきます。しかし、そこはロシア人のアイデンティティを出したいのでロシア的なものを手に入れるといった単純なロジックではなく、もっと複雑なロジックの中で動いています。成り行き的にロシア的なもの、ソ連的なものを買ったりして、いわばものに魅了されながら、家の中をつくっていくことが多くあります。主体がモノを選ぶというより、モノが主体にくっつくというようにメタファー的に言えるほどです。フュージョン=混ぜることも多くあり、障子に花柄の壁紙を貼るようなこともあり、同じ棚にマトリョーシカや七福神が共存しています。自分はロシア人であるというアイデンティティではなく、日本にいる一人としてのロシア人というアイデンティティです。物質文化で自分をあらわそうとしており、特に女性は、こうしたことを通じて自分の位置付けを把握しようとしています。ロシア人だけではなく他の外国人もそうだと思います。
自分ではロシア的なものを気にしないと言っているけど、ロシア的な物質文化が無意識のうちにあらわれてくる、なんとなく特定のものが揃うということが多く見られます。例えばある人はアールヌーヴォー的なものをたくさん集めていました。日本の中古店ではアールヌーヴォー的なものを多く入手することができます。この対象者の語りによると、自分がロシア人であるというよりヨーロッパの人であるということを日本に来て強く意識するようになりました。そこには、自分はヨーロッパの人であるという意識に加えて、ヨーロッパの人としてどの国にいるかということも影響しています。イスラエルにいるロシア人、イギリスにおけるロシア人は、自分がヨーロッパの人と主張することによりそれぞれ異なる意味合いを強調します。日本の場合は、20世紀の初めの日本の欧米化のなかで、銀座のデパートなど西洋的な意匠がレベルの高い文化として受け入れられた歴史があります。そのレベルの高いものを自分のものとして表現して、日本に対して分かりやすいものとして表出させているのです。少し前に日本ではロシアの歌が流行りましたので、それを表出させたこともありましたが、今の若い世代には共有されていないので、別の方法で表現しようとしています。
別の人は、団地的な建物の階段を登って部屋に入ってみると、タイムスリップしたような空間をつくっていました。自分の手でDIYで作り出している人もいました。例えばロシアのイコンは日本で買えないので、自分で縫う人もいました。現代的なロシア人は絶対そういうことをしませんし、その人がさほど宗教的であるというわけではないのに、日本にきたらルーツを意識したということだと思います。
生活学とはどのような関係になりますか?
人間のあるべき姿は物質文化から切り離せないと考えており、その「物質文化」に取り組む学問が「生活学」であると思っています。今の時代はスピードがはやく、必ずしも「人間のあるべき姿は物質文化から切り離せない」とは言い切れなくなりました。しかしその中で柱としての物質文化が大事ではないかと思っています。多くのロシア人にとって日本の家は自分のものではないわけですが、そこにどう柱をつくるのか、それが生活であり、そのことに取り組むのが生活学であると考えています。
生活学会は「物質文化」や「生活」といったキーワードでインターネットを探索して、ホームページを発見しました。トップページにあるアイロンの写真が魅力的でした。
今後のご予定は?
研究はこのテーマで続けていきたいと考えています。キーワードは、コミュニティ形成、エスニックビジネス、物質文化で、それぞれが関係しています。ロシア人のコミュニティ形成は2011年以降に活発化し、様々な文化的な活動、レクチャーが増えています。大使館とも関係をもったり、コミュニティのリーダーも出て来たりしました。日本におけるロシア人をコミュニティとしてどう一体化するか、という意識をもった研究者もいます。例えば横浜の外国人墓地の掃除を年に何度か集まってやっているイベントがあります。主催者に聞くと、自分も日本に骨を残すので、継続性をつくりたいということでした。また、日本にいるロシア人はエスニックビジネスをやっている、ものを売る人が多くいます。化粧品や食べ物を輸入したり、日本で赤カブやディルを育ててロシア人のコミュニティを対象に販売しています。大きな助成金がとれたら、ロシア人の日本における住宅の大掛かりな調査をやりたいですね。また、研究と教えることのバランスを常に意識していきたいです。
また、イクリスせたがやという、多文化共生を目指すNPOの活動を行なっています。自分のこどものロシア語をどのように継続、維持させるかが課題なので、バイリンガル教育をテーマとした活動はその1つです。もともと日本人の母親が考案したプロジェクトで、多文化・多言語的な活動をしているNPOです。2ヶ月に1回は絵本の読み聞かせなどの活動を行なっています。その中でもアンケートを集めたりしており、最終的に多文化的交流の場を提供しながらシンクタンク的な組織になればよいと考えています。
生活学会の皆さんに広くアピールしたいことはございますか?
生活学会はみんな仲がよく雰囲気がいいことが魅力的です。学会の場でできる限り色々な先生たちとネットワーキングして、共同研究ができればよいと考えています。私のテーマは物質文化で、その中で住宅がメインとなってきますので、特に建築の先生と関係をつくっていきたいです。
ありがとうございました。
(インタビュー実施日 2017年9月25日)
インタビューを終えて(インタビュアーの一言)
「『物質文化』に取り組む学問が『生活学』であると思っています」というゴロウィナさんの指摘にはなるほどなあ、と思いました。確かに見ているところはとても生活学的です。一方で、得られたデータを分析する枠組みは、これまでの生活学にはあまりなかった枠組みであり、そのことがどういった知見にたどりつくのか、興味をそそられます。(饗庭)
生まれ育ったロシアといまの日本での生活の違いを分析する際に、自宅に表出している物質文化(建物構造、装飾、インテリア)が生活と深く関わっているという視点を導入したことは、生活学の本質に通じたものであると思います。他方、多文化共生を目指すNPO活動についても、クセーニヤさんの学術的な深い知見を持って取り組むことで、より意義深い活動となることを期待しています。(真鍋)
「日本生活学会の100人」は、日本生活学会の論文発表者、学会賞受賞者、生活学プロジェクトの採択者から、若手会員を中心に学会員の興味深い活動や思考を掘り起こし、インタビュー形式の記事としたものです。