「ん?」をホーリスティックに再現する「応用演劇」の可能性
石野由香里氏(俳優/演劇ワークショップ主宰 早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター助教*)

インタビューアー 真鍋隆太郎(東京大学)、饗庭伸(首都大学東京)
この原稿はスカイプでインタビューを行った原稿をインタビューイー、インタビューアーが加筆するというやりとりを経て作成しました
*所属などはインタビュー時のものです

 

まずは石野さんご自身の研究フィールドとキャリアをご紹介ください

研究フィールド(分野)は、応用演劇、人類学、社会貢献の掛け合わせという感じです。言い替えると、俳優の演技術と人類学的フィールドワーク法を社会のために活かす手法の開発と実践を研究テーマにしています。実践家と研究者のバランスは半々くらいでしょうか。
10代の頃から俳優を続けながら、大学院修士では人類学を研究していました。ポリネシアの島(クック諸島)をフィールドとして人類学の研究をはじめましたが、初めての海外調査を終えて、一番印象に残ったことはフィールドワークという行為そのものの強烈さでした。フィールドワークって矛盾を抱えた、ある種、不自然な行為であると身をもって感じたのです。その経験から、「人類学者は何故フィールドワークを行うのか」について研究したいと思いました。その問いについて考えていく中で、「フィールドワークを行う感覚って何かに似ている…。なんだか、妙な既知感がある。!!演技だ!」と気づいたのですね。そのアイデアを興奮して話したときには、指導教官は眉間に皺を寄せていましたね(笑)。でも、俳優とフィールドワーカーと両方の経験をした私の身体感覚として、「人類学者は何故、フィールドワークをするのか」という問いと、「俳優は何故、他の人物を演じるのか」という問いは、パラレルなものであると確信していました。結果として、他者理解の方法としての人類学者と俳優の実践をパラレルで考察し、「身体で知る他者性」というようなテーマで修士論文を書きました。

演技中の石野由香里氏 ©Yamaguchi Atsushi

演技中の石野由香里氏 ©Yamaguchi Atsushi

修士から博士に進むかどうかは迷いましたが、結局、「人類学の知を社会に生かすことができないか」と思い、まちづくりに人類学的なことを生かしたいと思うようになりました。しかし、その時点では理系の経験がなかったので都市計画のコンサルタントにはなれないと思い、JTBの広告代理店で地域振興のソフト面でのプランニング提案をするプランナーの仕事をしました。その後に転職した非営利法人でも同じようなことをしており、指定管理者とPFIの仕事などに従事しました。
そのような中で、仕事を丁寧にやろうとすると収益に繋がらなくなり、本当に地域のことを考えた良い仕事をしたいと思っても難しいという当たり前の現実に直面しました。そこで、その時には、将来は独立したいと思っていたので都市計画のことを知っておきたいという思いもあり、東工大のノンプロフィットマネージメントコース(社会工学)(博士課程限定のコース)に、フリーの仕事を並行して引き受けつつ通い始めました。そこでは、NPOのマネージメントや都市計画・まちづくりについて勉強しました。その後、体調をくずしたことから大学院をやめ、法政大学のボランティアセンターへ転職して、コーディネーター職として大学と地域の協働のプランニングに携わりました。その後、早稲田大学のボランティアセンターに移り教員という立場から同様の仕事を続けています。

2016年度の研究論文賞を受賞された「演じる行為が自己相対化と他者理解を促す効果 ―問題発見型フィールドワークで遭遇したシーンを再現する手法の開発―」という研究論文で扱ったプロジェクトについて教えて下さい。

研究論文賞をいただいた論文は、授業の実践を書いたものなのですが、現在はその内容を発展させて、課外でも学生と一緒にプロジェクトを回しています。
演じることを通して他者の立場に立つことで、違う眼差しから世界を見ることが出来得るという特長は、シンプルだけど大きな可能性を秘めているのに、これをダイレクトに社会へ活かすことはほとんど行われていないと思います。他者の視点に立つという実践を活かせば、まちづくり・ボランティアの現場で、コンフリクトの生じる場面をリフレクションすることが出来ます。少し大袈裟な言い方をするならば、この方法を与えるだけで余計なコンサルタントは必要なくなるのではないか、という思いがあります。
授業では、各自が関心を持ったテーマに関する、まちづくり・ボランティアの現場に学生がおもむき、現場で「ひっかかり」を感じた出来事を取り出してきて、写実的に再現するという方法を用いています。

早稲田大学での授業風景

早稲田大学での授業風景

具体的にはどのような方法なのですか?

例えば、ある高齢化が進んだ団地で学生が切り取ってきた「ひっかかりを感じた場面」として次のようなものがあります。
Sという学生はボランティアの仲介をしてくれる機関であるH相談室の室長Iさんに連れられて、Bさん(70代・男性)のお宅へ訪問しました。Bさんは家具の移動を相談室に依頼していたそうです。荷物の移動をした後にBさんはお茶を出してくれ、「ああ、学生さんはコーラの方がいいよね」と言って、わざわざ飲み物を入れ替えてくれました。他愛もない雑談をした後、帰ろうとするIさんとSに対してBさんは「ちょっと待ってて」と言ってお金の入った封筒を取りに行き、Iさんに手渡そうとします。しかしIさんは受け取れないと返答し、「その代わりに地域の行事に出てきてくれたり、何か手伝いなどしてもらえれば」と勧めます。しかしBさんは「私は人付き合いが苦手でね」とやんわり、気まずそうに断わります。その押し問答が数回続く中で、Bさんは苦笑いしながら「お金で解決出来たらいいんだけど」という内容を口にしたといいます。そこに居合わせたSは気まずかったそうで、この場面が「ひっかかった」と切り取りシーンとして再現(上演)することにしました。
SはBさん役を、他の学生が室長役と学生役を演じることで、Bさんの視点からの思いと、室長視点からの思いが見えてきました。また、「お金」に関しても色々な話題が出てきました。例えば、「Bさんが渡そうとするのがお金でなくてモノだったら受け取ったのか?」「それは何故だろうか?」など。そして、もしもお金ではなくモノであった場合、受け取る本人がどのように感じるのかを実際に発展形のバージョンとして演じながら検討することも出来ます。
このように、現場で起きた実際の出来事を授業中に再現し、上演することで他のグループの学生からのフィードバックも得ることができます。さらに、その後、同じ内容を実際にこの団地の現場でやってみると、まちづくりに参加している人、してない人たちの様々な意見を聞くことができました。例えば、引きこもりの住民を外へ出そうという活動を行っている方に「引きこもり」役をやってもらうことで、逆の立場に立つことができます。そうすることで、日常において、自分が考えている善・悪などの前提を疑ったり、幅広い考えを持つことにつながります。

こういった方法をはじめたきっかけや問題意識について教えてください。

まちづくりのワークショップなどで様々な方法を用いて意見を取り交わすことも面白いけれど、その場で話したことと行動に移すことが乖離していることが気になっていました。言いっぱなし、議論をしても現状が変わるわけでもない、ということに物足りなさを感じでいたことがきっかけです。また、弁が立つ人の意見ばかりで充満する空間になることにも疑問を持っていました。言語化するのは苦手だけど、感じていることはいっぱいある、という人たちにも、言葉ではなく、思いを取り交わせる方法を用いたいと思っていました、

これまでの成果について教えてください。

継続的にやっているのは前述の高齢化の進んだ団地です。1年に2~4回程度、プロジェクトの学生たちと合宿を行いながら、前述のような参加型演劇(フォーラムシアター)を中心にした会を設けております。
その他に、大学以外の仕事として、様々な目的に従った演劇の手法を用いたワークショップを依頼されることがあります。例えば、中野区のNPO法人「ストリートデザイン研究機構」の主催で、新住民と旧住民とのコンフリクトの調整、すなわち町の活性化とは誰のためかという課題に対して行ったことや、多摩市の子育てママたちが子供のみを見ていて視野が狭くなって辛くなっているので、見方を変える方法の提供をしたことなどが挙げられます。また、保険会社でクライアントの人生に寄り添ったリフレクションのワークなども行いました。

団地での参加型演劇の様子

団地での参加型演劇の様子

生活学という言葉と、このプロジェクトの関係をどのように理解したらよいのでしょうか?

研究論文賞をいただいた論文で扱った方法に絡めて説明をすると、例えばフィールドワーカーは、他者の人生=ライフを受け取って次に繋げるという人と言えますが、どのようなフィールドワーカーであっても、他者の人生を丸ごと受け取ることは困難だと感じているのではないでしょうか。インタビューをしても、それを紙面に落とした際に断片的なものになってしまうと感じる。それに対して、「なぞるように演じる」という方法を用いて細かく人間の言動や場を再現すること(=見たものを正確に写し取ることを目指す)は、他者の人生を受けとめるという側面、そして、それを自分の身体を用いてアウトプットするという側面の両方において、新たな可能性を示すものであると言えます。また、この方法は、今和次郎氏の写実的・詳細な再現性を持った方法、無駄に思えるものを全て拾い取ろうという精神、つまりホーリスティックなアプローチとは類似したアプローチであると考えています。このような方法をとることにより、一旦自分の見方を捨てて、丁寧に記録していくことを目指す点も共通していると言えます。

これからはどういった研究や実践に取り組んでいかれる予定ですか?

応用演劇は手法であるので、フィールドはどこでも、誰が関わっても、何がテーマでも使えます。ニーズがあれば、あらゆる場所や対象で応用演劇の手法を活用していきたいと思っています。また、現在、別のメソッドとして取り組んでいるものに、特に独居の高齢者の人生を繰り返し聞き、なぞるように演じて見せる、という「聞きなぞり」という方法があり、今後は過疎地などで継続的にやっていきたいと思っています。

最後に一言、生活学会会員や、広く社会に対してアピールしたいことがあればお願いします。

他者に「なる」ことで、今までの自分のものの見方に捉われなくなるという方法の可能性を広く伝えていきたいし、実践していきたいと思います。

ありがとうございました。

(インタビュー実施日 2016年11月30日)

インタビューを終えて(インタビュアーの一言)

他者の体験や生活を自分の体に一度置き換えてみて理解をする、という石野さんの方法を、丁寧なフィールドワークを行い、対象を深く理解し、分析する新しい「調査・分析手法」としてとらえました。まちづくりの現場だけでなく、研究の現場でも「使ってみたい」と思わせる魅力的な方法です。(饗庭)

まちづくりの多くの場面の揉め事は当事者の相互理解の不足にあることが多い。石野さんの取り組みを聞いてふと感じたことは、現場に関わっている専門家も当事者のことを十分に理解していると言えないのではないか、ということです。人を理解することは難しい。しかし、理解しなければ前には進めない。石野さんの方法は全てのことの基本を教えてくれることだと思いました。(真鍋)

「日本生活学会の100人」は、日本生活学会の論文発表者、学会賞受賞者、生活学プロジェクトの採択者から、若手会員を中心に学会員の興味深い活動や思考を掘り起こし、インタビュー形式の記事としたものです。