人間のいるところ、かならず生活がある

学会長あいさつ

日本生活学会会長に就任して

arisue 2020年6月から新会長に就きました、有末賢です。この時期にお引き受けすることになって、いささか戸惑っています。新型コロナウィルスの感染拡大、ウィルスの存在は、中国に留学している学生から年明け初めにメールで知りましたが、まさかこんなパンデミックの状態になるとはその時、思いもよりませんでした。2020年は、7月には東京オリンピックも開幕し、学生のボランティアも多く参加して忙しい1年になるものと思っていました。
 ところが、卒業式も入学式も中止、新学期も遅れて、今ではオンライン授業による遠隔授業のみ、各種委員会も教授会もZOOMによる会議だけで、大学のキャンパスも立ち入り禁止です。4月からは、緊急事態宣言で外出の自粛、食品・スーパー以外、商店・デパートの営業も休業、テレワーク、在宅勤務を奨励して、通勤自粛、幼稚園・小学校から大学まで休校、と生活が全く変わってしまいました。
 5月末の現在、新規感染者は少しずつ減少してきて、首都圏と北海道以外は緊急事態宣言が解除されることになりました。政府は、今後の生活様式について、新型コロナウィルスを想定した「新しい生活様式」を公表しました。人との間隔は、できるだけ2m(最低1m)空ける、とか手洗いは30秒程度かけて、水とせっけんで丁寧に洗う、など内容は細かいマナーに属することです。先日も読売新聞社の取材に応じて、以下のようなことを語りました。「生活様式」という用語は、ルイス・ワースの「生活様式としてのアーバニズム」(“urbanism as a way of life”1938年)の論文に由来するもので、都市的生活様式とか近代的生活様式など、社会によって規定される生活の基本的な様式を指しています。日本の1920年代における都市的生活様式の特徴を7点挙げると、①職―住の分離、店―奥の分離、②新中間層(サラリーマン層)の誕生、③核家族世帯の誕生(「主婦」の誕生)④性別役割分業の浸透、⑤郊外電車の開通(通勤形態の登場)、⑥余暇の発生(「休日」の誕生、盛り場の誕生)、⑦耐久消費財の登場(家庭電化製品のはしり)などが挙げられます。このような都市的生活様式は、現在の人口密集地域である都市の生活様式として、感染爆発を引き起こす原因でもあります。したがって、新たな生活様式と言われても、すぐに「変えられる」というものでもなく、現在では、経済・消費活動と深く結びついた行動様式です。新型コロナウィルスの予防という公衆衛生の様式と経済活動がなかなか両立しにくいことが言われていますが、「新たな生活様式」というよりも人間関係のマナーやコミュニケーション様式と考えた方が良いような気がします。
 6月から内田青蔵先生の後を継いで、学会会長に就任するわけですが、私は学会への入会は1981年とかなり古い会員でもあります。私は、社会学、都市社会学、生活史研究が専門です。当時、東京都中央区佃の住吉神社祭礼を調査していて、立教大学教授の松平誠先生にご相談したら、ぜひ、生活学会に入会しなさいと言われて学会に入りました。慶應義塾大学大学院社会学研究科では、都市社会学とは別に、生活構造論の中鉢正美先生にも習っていましたし、中鉢門下の中川清先生、寺出浩司先生、それに歴史人口学の権威:速水融先生門下の鬼頭宏先生も学会での先輩にいらっしゃいました。入会してみると、文化人類学の米山俊直先生、生活時間論の籠山京先生、社会福祉学の一番ケ瀬康子先生、建築学の川添登先生、民俗学の宮田登先生など著名な先生方に接することができて、大変うれしかったです。初代会長の今和次郎先生や宮本常一先生はもうご逝去されていましたが、まだ学会創立当時の熱気は十分感じられました。
 私自身、生活学会から得た財産はたくさんあります。1970年代に錚々たるメンバーが集まって創成された日本生活学会には、大きく分けると4つくらいの潮流がありました。第1には、今和次郎の住居学、建築学の系譜で、大学では早稲田大学の建築学研究室がありました。後継者は、何と言っても川添登先生です。現在は、都市計画学の後藤春彦先生、建築史の内田青蔵先生が継承していらっしゃいます。第2は、一番ケ瀬康子先生や中鉢正美先生の社会政策学や社会福祉学で、大御所は北大から上智大学に籍を移された籠山京先生でした。「生活構造論」や社会事業の歴史的研究など生活学会にもたくさん、お弟子さんたちが入っていました。第3は、米山俊直先生を中心としたいわゆる「京都学派」の人々です。分野としては、文化人類学を中心としていましたが、宮田登先生も加入されて、民俗学も加わってきました。祭り研究の松平誠先生や和崎春日先生もこのグループに入ります。小林多寿子先生は、日本女子大学に勤められてから日本生活学会の中心に位置された形になっていますが、もとは、米山俊直先生の門下で、京都学派です。秋野晃司先生も専門は文化人類学で女子栄養大学の足立己幸先生(食物学)との関係もありました。第4は、宮本常一先生の「もの文化」「宮本民俗学」です。宮本先生は、後年は武蔵野美術大学で教えられましたが、大学というアカデミズムの中には入っていない人でした。真島俊一先生や相沢韶男先生などがお弟子さんですが、日本民具学会や日本道具学会など、日本生活学会よりも具体的な「もの」を扱う学会活動に乗り出していって、そちらが中心となっていきました。現在の森栗茂一先生も学問的には民俗学で、人とのつながりは京都・大阪のグループでしょうか。
 私は、関心では第2のグループから入って行って、人とのつながりでは第3のグループにつながりました。第1の今和次郎研究では、黒石いずみ先生と祐成保志先生、もう退会されましたが、佐藤健二先生がいました。和崎春日先生は慶應義塾大学大学院の先輩ですし、日本女子大学現代社会学部時代には一番ケ瀬先生や中川清先生ともつながっていました。
 このような日本生活学会の会長に就くことは、恐れ多いことだと思って躊躇していたのですが、しかし、古参の会員として、私なりに現在から将来の日本生活学会を担う若手の人々に前面に出ていただく「橋渡し役」として何か貢献できればと思って引き受けることにいたしました。現在の日本生活学会を担う人たちとともに2年間、少しでも生活学に資することができれば幸いです。よろしくお願いいたします。

日本生活学会会長
有末 賢
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