人間のいるところ、かならず生活がある

学会長あいさつ

日本生活学会会長に就任して

uchida

会長に就任した内田青蔵です。副会長の有末賢・高増雅子両氏ならびに新理事の皆さまともども、よろしくお願いいたします。

さて、わたくしの専門領域は建築史学で、特に近代日本住宅史を専門としています。わが国の住宅は、幕末以降の欧米文化の導入とともに、大きな変化を遂げました。その変化は、近代化とも、洋風化とも称されていますが、とりわけ、洋風化の動向に注目し、どのように変化してきたのかを考察しています。こうした研究を進めるなかで、住宅の変化という現象は、「住宅」というハードと「生活」というソフトのバランスのなかで派生するという素朴な思いに辿り着き、以来、「生活」に興味を持ち始めました。しかしながら、当時の人々の「生活」や心がどのように変化してきたのかを知るためには何をどのように分析したらいいのか、実際のところよく分りませんでした。やはり、社会学や民俗学あるいは経済学といった分野の専門家たちの成果を学ぶべきと考えました。そこで、当時所属していた日本建築学会以外の学会で、「生活」を冠した学会を探しました。日本生活文化史学会と日本生活学会があり、また、生活や風俗などを扱った学会として日本家政学会、日本風俗史学会などがありました。いずれにせよ、こうしたなかで本学会と出会うことになりました。

本学会は、1972年、多くの研究者たちの「人間のいるところ、かならず生活がある。」との共通認識から、「生活学」を提唱して誕生しました。そこでの「生活学」は、「まさしく生活を客体化し、理論化しようとするこころみにほかならない。そのかぎりで、生活学は生活の研究批判の学である。」と述べています。

この日本生活学会の設立宣言文の作成の中心人物が、初代会長の今和次郎でした。今和次郎は、学会設立以前から既に「生活学」の必要性を主張していました。例えば、1952年に記した「生活の研究」では、「あらゆる学問は、結局われわれの生活研究に出発し、また帰着している」とし、「今日の生活設計についての原理を探ることを目標とすべき」学問として、「生活学」の必要性を説いています。本学会の創立以前には、「生活」を対象とする学問といえば、家政学などが想起され、女性の学問といったイメージが強かったように思われます。しかしながら、日本生活学会の「人間のいるところ、かならず生活がある。」という主張は、そうしたイメージを払拭し、万人が対象とする学問であり、万人が自らの多様な生活を考える必要があることを説いているように思います。しかも、ここでいう「生活」は、まさしく現実の生活を指しています。言い換えれば、「生活学」とは、「現実の生活」を直視することから始まることを意味しているように思われます。また、今和次郎は1938年の「生活改善について」の中で、「生活」を学問として進めていく方法の視点として①信仰あるいは信念の問題、②人間関係と心の問題、③物件である衣食住の問題、④経済すなわち金の問題、の4点を挙げ、「これらをいつもからみ合う状態でキャッチしたい」と述べています。今和次郎は、大正期に行われていた生活改善運動に直接かかわっていました。伝統的生活が大きく変化した時代でもあり、そうした変化を目の当たりにし、「生活」を変えようとすることの意味や自らの置かれた役割に大いなる疑問を持ったようでした。その反省から生まれた研究方法が、ここに挙げた4つの視点でした。ここにある「信仰」、「人間関係」、「心」、あるいは「衣」、「食」、「住」、そして、「経済」は、すべてそれぞれ独立した学問領域が存在しています。今和次郎は、さまざまな学問の学際的環境の中で「生活学」を考えるべきと気づき、細分化した観点からアプローチし、それらを総合化する方法をめざしたのだと思います。いずれにせよ、自分自身の専門領域の成果を他領域の専門家とともに見直すことは、今日でも極めて新鮮で刺激的なことです。少なくとも様々な専門領域の人々と議論することから、ひとりでは気づかなかった新しくて多様な「生活」が垣間見えてくるように思います。

わたくしは、「生活学」の専門家ではありません。日本の近代化の中で「生活」がどのような変遷を遂げたかに興味をもつだけの素人ですが、自由に様々な垣根を超えて議論できる場を共有する学会の活動を活性化し、その成果を社会に発信することのお手伝いはできるのではないかと思っています。会員のみなさんの多様な視点や専門性を生かしながら、ご一緒に「生活学」の構築に向けて前進できればと考えております。ご協力のほど、よろしくお願いいたします。

日本生活学会会長
内田 青蔵
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